あれから一ヶ月が過ぎた。
もちろん病院で決意したとおり、次の日には火影邸に引っ越してきていた。
そして今は金髪の子供を相手に手品を教える毎日を送っている。
「そのままの姿勢でリフル・シャッフルするんだーよ。カードを落とさないように気をつける!」
「わ、わかってるってばよ」
ナルトは真剣な表情で自分の手の中のカードを見つめている。いやむしろ睨んでいると言ってもいいかもしれない。思ったようにカードが動いてくれないときは少し唇を尖らせたりする。
そんな仕草は見ていて可愛らしくはあるのだが、俺の視線がどうしてもその横でハラハラと見守っているイルカさんへと向いてしまうのは致し方ないだろう。何と言っても俺が夢中になっている人なのだから。
「カカシせんせー、これでいいの?」
声をかけられてハッと我に返った。
いかんいかん。今の俺は手品を教える先生なのだ。しっかり教えないと、イルカさんへの印象も悪い。
いや、何もイルカさんへの点数稼ぎのためだけに教えているわけではないけれど。でも、横で見られていると思うと気合いも入るというものだ。
「マジシャンって器用じゃなくてもいいんだ。同じことを繰り返し繰り返し練習して、ただよどみなくできるようになるだけの話だからな」
「えー、そうなの?」
「そうそう。器用、不器用は関係ないよ。練習あるのみ!」
「へーい」
やる気のなさそうな返事とはうらはらに、ナルトは真剣な眼差しで頑張っていた。
そんなレッスンを見ているのが面白いようで、イルカさんも楽しそうだった。
しかし、そんな楽しい時間はすぐに邪魔が入る。遠くでベルの音が聞こえきた。
「あ。三代目が呼んでます。行かなくちゃ」
イルカさんは慌てて部屋を出て行こうとする。
そんなじじいに気を遣う姿が悔しくて、俺は引き留めた。
「行く必要ないですよ。じじいは、やれ水が飲みたいだの、あれが食べたいだの。呼びつけるのは雑用ばっかりじゃありませんか」
「そうだよ!じいちゃんは最近イルカ先生に甘えてばっかで駄目だってばよ」
いいぞ、ナルト。もっと言ってくれ。
援護が効いたのか、イルカさんは立ち止まって少し迷っているようだ。しかし。
「でも、もしかしたら大事な用事かもしれませんから」
結局じじいの元へと行ってしまった。
先日の緊急入院のときに、検査であまり良くない結果が出たらしく、仮病は仮病でなくなってしまった。
じじいも意外だったらしく、『わしはまだまだ元気じゃわい』と抵抗したが、医者の言うことはくつがえらなかった。自宅に戻ってもいいという許可は出たが、安静にという指示は変わらない。
というわけで、結局マジックショーは俺とイルカさんで引き受けている。今までと変わりなく、むしろ更に好評でチケットも予約でいっぱいだそうだ。そのせいか、じじいはあまり機嫌がよろしくない。今までの自分に対するプライドに関わるからか、イルカさんが俺と楽しそうなのが気に入らないのか。きっと両方だと俺は思う。
じじいは普段自分の部屋で寝ているのだが、何かといえばイルカさんをベルを鳴らして呼びつけてはわがままを言っているのだ。じじいめ。
見た目が健康そうに見えるだけに、俺の悔しさは半端じゃない。それでも病気と言われるとなかなか反論もできないままだ。
歯がみしながらイルカさんの消えていった扉を眺めていると、
「カカシせんせー、隙あり!」
と、ナルトがどーんとぶつかってこようとする。
これはナルトのお気に入りのスキンシップで、俺であろうとイルカさんであろうとほとんど体当たりで腰にタックルをかけてくるのだ。それを俺に軽くかわされて悔しがるのが最近のナルトの日課だ。
「ちぇー。今日も駄目か」
「マジシャンはそんな簡単に後ろをとられたりしないんだよー」
ひらひらと手を振って答えると、ナルトはなぜか喜んだ。
「かっくいー!」
目を輝かせて素直に賞賛されると、なんだか嬉しい。実際問題として自分が格好良く生きているかどうかはわからないが、そう言ってくれる人間を無下にはできない。
「俺さ俺さ。いつか絶対火影になっちゃうもんね」
生意気にもそんなことを言う子供。
「そりゃ、大変だ。もっと頑張らないとねー」
そうからかうと、むーっと口を尖らせた。
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