いつも定期船が着く日は、島のほとんどの人間が船着き場に集まってくる。
俺とイルカも例外ではなく、二人で船着き場に来ていた。
いつも同じで顔も覚えている船乗りが船から荷物を降ろし、少し休憩していく以外は船から降りる人間など滅多にいないはずなのに、その日は船乗りとは思えない影が降りてくるのが見えた。
「よお。元気でやってるか、カカシ」
「アスマ!」
船から降りてきたのはアスマだった。のんびりとした足取りで近づいてくる。
「イルカちゃんも元気か?」
イルカにも声をかけたが、イルカは俺の腕にしがみついて返事をしようとしない。アスマをじっと見つめているだけだ。少し睨んでいるようにも見える。
「イルカ?」
どうしたのか不思議に思って名前を呼ぶと、少し泣きそうに歪んだ目が俺をちらりと見て、再びアスマの方へと戻った。
「前にも会ったことがあるアスマだよ。怖い奴じゃないのは知ってるだろ?」
そう言っても、目の前の人間に視線をずっと注いでいる。しばらくそうしていた後、ようやく口を開いた。
「カ・カシ、連れにきた?」
「あぁ?」
「前のとき、そうだった。連れていくのはダメ! カ・カシは、この島にずっといる」
さらに腕をぎゅっと抱きしめるように力を込めてきた。
つまり、俺をまた連れ戻しに来た人間だと思って警戒していたわけだ。
「か、可愛いこと言ってくれちゃって!」
ぎゅうっと抱きしめて、黒い頭のてっぺんに愛おしく口づける。
「大丈夫。イルカを置いてどこへも行ったりしないから」
「本当に?」
「本当に。俺がイルカに嘘ついたことある?」
そう言うと、ようやく安心したように顔を綻ばせた。
ああ、可愛いなぁ。
「お前のその脂下がった顔をこっちに向けるのは、や・め・ろ」
「まーたまた、羨ましいからって。この髭はねぇ?」
見せつけるようにイルカの背中を撫でたり、頬ずりしたりすると、アスマは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「で、結局何しに来たわけ?」
「手続きの後処理だよ」
「島の?」
「そうだ」
「そんなの、お前じゃなくてもいいだろ?」
「せっかく南の島のバカンスを満喫する機会があるっていうのに、それを逃す俺じゃないぜ。どうせ経費で落ちるんだからな」
「わー、給料どろぼー」
アスマと言い合っているのをじっと眺め、
「仲良し」
俺とアスマを順々に指差してイルカは楽しそうに笑う。俺が嫌そうに顔を顰め、アスマが参ったという風に頭をガリガリと掻きむしると、更に声を立てて笑った。
笑うのが一段落すると、イルカはアスマの腕をぐいぐいと引っぱって連れていこうとする。
「カ・カシの友達はイルカの友達。家に泊まって」
「悪いなぁ、イルカちゃん」
「最初からそのつもりだったくせに、コノヤロウ。……しょうがないなぁ、可愛いイルカがこう言っていることだし泊めてやるよ」
しぶしぶ了承の意を示すと、嬉しそうに笑うイルカが振り返ったので、この笑顔を見るためなら本当にしょうがないと密かに呟いた。


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2003.07.19


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