それから二人でイルカの家まで歩いた。
震えは止まっていたが、諦めたように寂しく俯いて、黙々と歩くだけだった。
「イルカ。どうした?」
家に上がってから、それまで疑問だったことを聞いてみる。
「カ・カシ、帰る?」
「ああ、一度会社には戻らないと。明日の朝、船が出るらしい。寂しい?」
そう思ってくれたらいい、と軽い気持ちでそう聞いたが。
イルカの眼にみるみる涙がたまっていくのを見て、もしかして傷つけてしまったのかと思い至った。
「また戻ってくるよ、すぐに」
慌ててそう慰めようとした。
一度戻らないといけない。
でもまたすぐにこの島に来るつもりだった。
イルカと離れるつもりはなかったからだ。
けれど、イルカは首を横に振って聞こうとはしなかった。
「『また来る』と言って、戻ってきた人なんていない」
ど、どんな悪い男に騙されたんだ!
息が止まるかと思った。いや、実際止まった。
「『研究』でいろんな人がこの島に来る。でも同じ人は来ない」
自然を観察したりする学者達か。
そう推察して安堵のため息を吐く。本当に心臓に悪い。
「その人たちとは話したりした?」
「言葉、教えてもらった」
「え?」
「『フランス語』だって言ってた」
ああ、なるほど。
フランス語は喋れるんだ。
よくよく考えてみれば、英語を覚えるのは異様に早かった。
つまり基礎は出来ていたんだ。
本当は知能指数が高いのかもしれない。
でも、きっとイルカはこの島で静かに暮らすのが一番好きなのだろう。
それが似合っている、とも思う。
果てしないブルーの海に浮かぶ綺麗な生き物。
けれど、その生き物は今、涙を流していた。
「もう、戻ってこない。わかってる」
「イルカ?」
「カ・カシは行ってしまう」
ぼろぼろと大粒の涙を流す。
たまらなくなって震える肩を抱きしめる。
「すぐに戻ってくるよ。大丈夫」
どんなに言っても信じる様子はなかった。
それでも信じてもらうために、何度も繰り返し「大丈夫」と言い続けるしかなかった。


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2002.08.24


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