【君よ知るや南の島6】


その後、ミズキから何か言ってくることはなかった。
もちろん謝罪もなかったが。
自分がミズキの立場なら、腹を立てるのはそれは仕方がないことかもしれないと思う。
ずっとイルカのことが好きで、それを現れてすぐの俺に引っ攫われてしまったのだから。
もしもこれが逆だったらと考えて、首を振ってその考えを振り払う。
仮定の話は意味がない。
イルカが好きと言ったのは俺だから。
今はそれだけを考えよう。
「カ・カシ!」
駆け寄ってくるイルカの姿を見て、思わず笑みが漏れた。
「イルカ」
嬉しそうに抱きついてきて、俺の心臓を翻弄する。
意外というか、やはりというか、イルカはスキンシップが好きなようだった。
挨拶代わりのキスをすると恥ずかしそうに顔を赤くするが、それでもきちんとお返しとばかりに軽く唇を寄せてくる。
それは何にも勝る喜びだった。


島の唯一の船着き場に、船が着いたのが見えた。
その船から下りてくる人物を認識して、軽い驚きと共に、やはりというどこか納得する気持ちがあった。
「よお、カカシ。久しぶりだな」
「アスマ…」
アスマは会社の同僚だった。
それも猿飛グループの会長の血縁で、たいした肩書きはないが発言力はあるという厄介な男だ。 会社が業を煮やして呼び戻しに来るだけで、こんな重要人物をよこすわけがない。
「…何しにきたんだ」
「何って、お前を迎えにだよ」
「なんでまた」
「会長が跡継ぎにお前を指名してきた」
「ああ?」
「お前、会長の隠し子だったんだって?騙されたぜ、まったく」
「あー。バレたのか」
やっぱりね。なんか嫌な予感がしたんだよ。
俺の父親は猿飛グループの三代目会長らしい。
らしいと言うのは、会ったという記憶にはなく、ただ母の話でしか聞いたことがなかったからだった。
人のモノを好きになって、本妻に遠慮して、若くして死んでしまった母。
死んだとき父は葬儀にも現れなかった。
一回も省みられることがないことに反発して、人並み以上に経済学を勉強したり、体を鍛えたりした時期もあったけれど。結局はバカバカしくて止めてしまった。
顔も見せない男の会社は、どんなところだろうと入社してみたものの。
ろくでもない男が作った会社は、やっぱりろくでもなかった。
もうどうでもよかった。いい加減辞めようと思っていたのだ。
それを急に跡継ぎなんて言い出して、何を考えてるのかわからない。
一度会ってきっぱりと決別するのがいいだろう。
いい機会だからアパートに置いてある荷物とかもきちんと整理して、この島に戻ってきた方が気分もすっきりする。
と心に決めた。
「どんな手を使っても連れて帰れってさ。めんどくせぇ」
身体の半分を俺の背中に隠していたイルカが、不安そうに見上げてくる。
「カ・カシ、帰る?」
腕に添えられた手が少し震えているのがわかる。
「イルカ?」
「よろしく、えーと…イルカちゃん?」
イルカは、アスマの手が伸びてくるのにびくりと身体を震わせ、さらに背中に隠れるように後ずさった。
「アスマは見た目は熊だけど、怖くないよイルカ」
アスマから守るように抱きしめてやっても、まだ震えは止まらなかった。
宥めるように頭を撫でると、腰にぎゅうとしがみついてくる。
「へぇ?珍しいこともあるもんだ。カカシがねぇ」
「なんだよ」
「可愛い子じゃないか。俺にも抱きついてくれないもんかね」
「やだね。可愛いイルカを髭なんかに触らせるかってーの」
「なるほどね。南国の果実は甘美なれど、労せずして味わいうると思うことなかれ、か」
とアスマは勝手な理由で納得していた。
味わうつもりだったのか、この野郎。
油断も隙もない。さっさと手の届かないところに行くに限る。
「おい、髭。お前、今日は村長の家に泊めてもらえ」
「ああ。出発は明日の朝だぞ。遅れるな」
「わかった」


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