それからしばらくのち。はたけ屋の嫁は元太夫だというのに気取ったところが一つもなくてよく働く、と客はもちろん店の従業員に至るまで評判となった。
初めの頃は、若旦那が遊女に入れあげて1000両も無駄にしたと、批難の目を向ける者やせせら笑う者ばかりだった。
ただ一人、はたけ屋の大黒柱であるサクモだけが、イルカと会った後に、
「1000両なんて、そんな安い値段でよかったの?」
と、にこにこと笑ってカカシに言ったそうだ。
しかし。イルカに直接会ってその人柄に触れるにつけ、そのうち悪い噂は立ち消えてしまった。生真面目な性格や頭の回転の良さ、算術の正確さは元から商売向きであったけれど、それにも増して人当たりの良い笑顔はちょっとした悪意ある人間の目にも眩しく映ったようだ。
イルカはだんだんと周りに馴染んでいき、しばらくすると無くてはならない存在になっていった。
そのイルカを見い出し連れてきたのはカカシで、それを一目で認めたのがサクモだったと噂となり、「さすがはたけ屋。鑑識眼は一級品だ」と誰かが言い出して評判になった。おかげで店はますます繁盛している。
カカシとイルカは、奥の座敷で広げた反物を片づけていた。
イルカがふと手を止める。
「今頃ナルトは元気でやってるかな」
ぼんやりと宙を眺めて呟いた。
「やってるでしょ、きっと」
興味なさげにカカシは答える。
「そうですよね。カカシさんが女将に頼んでくれて、今は一緒に暮らしてるはずですもんね。あそこなら好い人ばかりだし、夜中に外を走り回るなんて危険なこともないから」
安心です、と言って嬉しそうに笑う。
どうやらカカシは、イルカを身請けするときに出した小判の余剰分でナルトのことを頼んだということにしているらしい。もちろん本人もそのつもりでいたし、実際女将にもそう言ったのだったが、女将が金など貰わなくともそれぐらい引き受けると言ったことはイルカに伝えてない。
ちゃんと頼んでおくから。だから会いに行かないで。正式にお別れするのは辛いでしょ?どうせイルカは泣いてぐしゃぐしゃになるでしょ?心配だから。
そう言ってカカシが理由をつけて引き止めたのだった。
イルカも最初は会わずに行くことを躊躇っていたが、別れが辛いのは事実だった。会ってしまえば連れて行きたくなる。けれど、はたけ屋の厄介者になりかねない立場の自分がそんなことができるはずもない。結局涙を呑んで、ナルトのことをお願いしますとカカシに頼むしかなかった。
はたけ屋にやってきて、慣れない仕事を覚えるのに忙しい日々を送りながら、ふとした合間に元気でやっているだろうかと思い出すのがイルカの日課だった。
そんなイルカを見て、カカシは不満げに口を尖らせる。
「……イルカ。手が止まってる」
「あっ、すみません」
ただのやきもちから出た意地悪を、自分の至らなさのせいで注意されたのだと素直に受けとめ、慌てて片づけに没頭し始めた。
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