【さかしまの国12】


そんなことがあって数日後。
なかなかイルカと会う機会がなくて心配していたカカシは、7班の報告書を手にしたイルカを見つけて安堵した。笑いかけると、イルカも嬉しそうな笑顔で寄ってきて、受付のカカシに書類を手渡す。
先日のような思い詰めるような表情はなく、気持ちが楽になって前向きになったようだ。
ああ、よかった。やっぱり笑っている方がずっといい、とカカシは思った。
「そういえば、波の国から帰ってきているはずなのになかなかナルトに会えないんです」
などといった話をすると、
「そうなんですか?でも、毎日元気にやってますよ」
とイルカはにこやかに答える。
「今すごく頑張っていて、力もぐんぐん伸びています。尊敬するあなたに追いつくぐらいにね」
イルカが少し照れたように笑う。
そうか、ナルトも頑張っているのかとカカシも素直に喜んだ。
『尊敬する』などと言ってもらえた。カカシはたとえお世辞だとしても、そう言ってもらえたことが嬉しかった。ナルトの活躍も嬉しかったけれど、なんだかイルカに存在を認めてもらっているようだと思ったからだ。
少しでも自分のことを知ってもらえるといい、と密かに思っていた。
だがしかし。
中忍試験について関係者が一斉に集められた時のこと。
突然、今年卒業したばかりの子供たちを推挙されて、カカシは思わず声を出してしまった。まだ早すぎる、と。
上忍師の決定に不服があったわけではなく、本当に驚いたゆえだった。
それに加えて、イルカがそのことについて一言も自分に話してくれなかったことがひっかかって、つい口調がきつくなってしまったかもしれない。いや、絶対間違いなく責めていたとカカシは思う。
だって、つまりは信用されていないということだ。話すに足る相手として見られていないのだ。
その結論を事実として受け止めてしまい、結局自分とイルカの間には大きな溝があって歩み寄るのは難しいと考えて、気持ちが果てしなく沈んでいく。思わず八つ当たりのようなことを口走ってしまった。
しかし、口に出してしまってから激しく後悔した。
「……私の部下です」
そう言ったイルカの顔が今にも泣き出しそうに歪んでいたから。もちろん遠目に見ればわからなかっただろうが、イルカの一番近くにいたカカシにはしっかりと見えた。
ただの昔の担任のくせに口出しをして嫌な奴と思われても仕方のないことなので、不快に思うのはわかる。階級差に拘る中忍ごときと思われたかもしれない。でもどうして泣きそうなのかがまったくわからなくて、カカシは次の言葉を躊躇った。
沈黙の間、すぐ側でアスマがやれやれと言わんばかりに溜息をついたのが微かに聞こえたが、カカシがそれに構っている余裕はなかった。
三代目の取りなしもあってその場は収められ、試験についての細かい割り振りや指示が延々と話され続けた。
ようやく解放となった瞬間に、すぐさま立ち去ろうとするイルカの腕をなんとか掴むことに成功したカカシは、自分を少し誉めてやりたい気持ちでいっぱいだった。
今を逃すといつ会って話をできるかなんてわからないからだ。それに、こういう喧嘩??カカシはそんなつもりは毛頭なかったのだが??は早く解決しなければ、後悔することになる。すぐの方がいい。
「イルカ先生!」
腕を捕まれたまま振り向いたイルカは、さきほどの泣きそうとまではいかなかったが充分傷ついたような表情をしていた。
「ちょっとお時間いただけますか」
カカシがそう言うと、イルカはしばらく黙ったままだったが、下唇をぎゅっと噛みしめた後に、
「わかりました」
と返事をした。
周囲がざわざわと騒ぎ始めるのを後にして、カカシはイルカの手を引きながら廊下を歩いていった。


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2004.04.17


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