【さかしまの国13】


「あの……手を離してもらえませんか」
かなり歩いて人気もなくなった頃、イルカが遠慮がちに口を開いた。
カカシは、ずっと握ったままだった自分の手を見つめてから、ハッと我に返って慌てて手を離す。
「す、すみません」
手を握りっぱなし。
その事実に愕然とした。
よく考えてみれば、いやよく考えなくても、上忍の手に不用意に触れるなんてとんでもない話だ。攻撃されても文句は言えない。むしろ無事だったことの方が不思議なくらいだ。
最近はなぜかイルカが上忍だということをついうっかり忘れている自分がいることに、カカシは驚いていた。
自分が守ってあげたいと思っているからかもしれない。上忍に対して守ってあげるも何もないものだろうに。
少し落ち込んだ気分になりながら、さっきまで握っていたイルカの手を見つめる。そして、今更な事に、あの手に触れていたのだと気づいて、心の中で慌てふためいた。
あの魔法みたいな手に。
特別熱くも冷たくもなく、特別固くも柔らかくもない手だけれど。触れていた時はちょっとした傷跡や拳だこなんかが感じられて、忍びなのだと思った。
黙り込んでしまったカカシをどう思ったのか、イルカは噛みしめたままだった唇を開いた。
「カカシ先生から見たら、俺の判断は間違ってますか」
その言葉にカカシはハッと胸を突かれて顔を上げた。
イルカが言っているのは、中忍試験へ推薦することについてだ。もしかしたらずっと悩んでいたのかもしれない。初めて下忍を担当して、迷いながらも自分で決めたことをカカシに否定されたと思ったのだろう。
だからあんなに傷ついたような表情をしたのだと、ようやくカカシは悟った。
「そうじゃありません!さっきのあれは……ちょっと驚いてつい口を挟んでしまいましたが、イルカ先生が間違っているとは思いませんよ」
「でも……」
「あれはアカデミーにいた頃のあいつらしか知らない俺が言っただけで、たいした参考にもならない意見ですよ。今現在のあいつらを見ているのは上忍師の先生達でしょう?」
「それはそうなんですが……」
子供の将来に関わってくることだから躊躇う、慎重になる、というのはカカシにも覚えのあることだった。特に初めて子供たちの面倒を見ることになったイルカには、格別に重い責任だろう。
しかし、結局いろいろなことを想定して自分ができうる限りのことをした後は、見守るぐらいしかできないのは誰でも同じだとカカシは思った。
「結局決めるのは子供たち自身ですよ」
イルカの視線が揺れながらも、じっとカカシを見つめる。
「強制してやらせるものじゃないですからね、試験なんて。自分で選び取るものです。俺たちができることなんて、それのちょっとした後押しでしかありませんから」
その言葉に、イルカはこくりと頷いた。
「まあ、教える立場から多少道を示してやることは大事ですけどね。イルカ先生が中忍試験を受ける実力があいつらにあると言うなら信じます。大丈夫、自信を持って」
「ありがとうございます」
ようやく憂いがなくなってイルカに笑顔が戻ってきたのを見て、カカシもそっと安堵の溜息を吐いた。


●next●
●back●
2004.05.01


●Menu●