それは青天の霹靂だった。
嫌いだと思ったあの人をまさか好きだとでも?
自分でも自分を信じられない。けれどそう望んでいるのは確かな事実で変えようがなかった。
第一印象などあてにならない。そのことを身を持って知ったのだった。
いや、知っていったのだ。
あの人は外面だけ良い人間じゃなくて、ましてや俺のことを貶めようとしているわけでもなく、ただ自然体に存在しているのだということ。
子供たちには限りなく愛情を注ぐ人だということ。
自分のことよりも他人のことをつい優先してしまって、損しているはずなのに笑っているような人だということ。
その笑顔を見るだけで柔らかい気持ちになれた。俺にも人がましい感情がまだあったのかと驚くと共に、それは意外と心地よかった。それが好きだという感情だと徐々に知っていった。
しかし、最初の出会いがよくなかった。
向こうが良い印象を抱いているはずもなく。イルカ先生が好きな人間などこの木ノ葉では星の数ほどいる。せいぜい遠くから見つめることしかできなかった。
見ている俺に気づいていくれればいいのに、という淡い期待も持っていた。
しかしそんなある時、紅が言った。
「イルカ先生があんたに睨まれてるって言ってたわ」
ショックで夜も眠れなかった。
たしかにあれ以来会話したことはなかったけれど、そんな風に思われていたなんて。
あれは報告にかこつけて群がる連中を睨んでいたのであって、イルカ先生自身を睨んでいたわけでは……。いや、それとも『好きです』と気持ちを込めて見つめていた視線のことなのか? それを睨んでいたと言われては、一体どうすればいいと言うんだ。
俺は気持ちを伝える術など知らない。どうしたらいいかもわからない。だってこんなのは初めてなんだ。
戸惑い、思い悩んでいるうちに、運悪く波の国へと旅立つことになった。
波の国ではランク違いの任務に変わったせいで、チャクラ切れしたり、子供たちを鍛えたり、成長を目の当たりにして驚いたり。ともかく何かと忙しかった。
忙しくはあったが、それでもイルカ先生のことを想わない日はなかった。
離れてみて更に気持ちが募り、もはや生きていくのに必要不可欠だとすら思う。
帰路についたときには嬉しくて仕方がなかった。もちろん帰ってきたからと言って簡単に話しかけることもできないけれど、それでも同じ里の下にいるだけでなんとなくほっとした。
そんな何もできない状態のある日のこと。意外にもイルカ先生から話しかけてきた。
いつもは強ばっているか愛想笑いしか浮かべない表情が、今日はどこか違った。
笑顔付きのちゃんとした会話。一緒に並んで歩くなんて今までにない出来事だ。
いったいどうしたっていうんだ。一生分の幸運がまとめてやってきて、今まさに使い果たそうとしているところなのか! そう疑った。
そんな降って湧いたような幸運が長続きするわけがない。すぐに邪魔が入って会話も中断される。
このときほど脳天気なガイを心底憎いと思ったことはなかった。
「カカシよ。次の勝負は負けんからな!」
「あー、はいはい。今度ね」
ガイは、良く言えば粘り強くて忍耐強い。悪く言えばしつこい、ウザイ、鬱陶しい。こういう時は適当にあしらうのが一番だ。
今はイルカ先生が隣にいる幸せに集中したい。もう早くどこかへ行ってくれと切実に願う。
しかし、ガイがとんでもないことを言い出した。
「イルカ。なんでも男と同棲してるそうじゃないか!」
男と同棲。
それは、もう一緒に暮らすほど好きな人がいるってことだ。
そんなの聞いてない! 思わず叫びそうになるのを堪えた。
イルカ先生が何か言ってくれるのを待ったけれど、ガイばかりがしゃべって俺に言い訳もなしだ。
いや、言い訳も何も、俺に何か言う必要などありはしないのだ。俺は元教え子の上忍師なのだから。ただの知り合い程度だ。
その事実に愕然とした。俺がどれだけ想っていようとも、この人には伝わってない。
そうだ、あたりまえだ。だって何も言ってないんだから。
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
「へぇ……イルカ先生は男と同棲してるんですか」
その同棲相手というのをぶっ殺……いやいや、ぶん殴って脅してこの里から消し去ってやりたい。そうすれば少しは俺を見てくれる可能性があるんだろうか、と馬鹿なことまで考えた。
今まで自分から何か行動を起こして努力したわけでもないくせに、勝手ことばかり考える。そいつはちゃんとイルカ先生に話しかけて気持ちを伝え、受け入れられたのだという事実に項垂れるしかなかった。
●next●
●back● |