俺の家に泊まる理由はよくわからないけれど、そうするにはきっと理由があるに違いないからできるだけ協力しなくては。
そう思いながら近づく俺を見て、カカシ先生はにっこり笑った。
「納得してもらえたみたいだから、さっそく家へ行きましょうか」
不思議と俺が何を考えているのかわかるみたいだ。なんでだろう。
「あ、はい」
俺の家はあっちです、と案内しようとする前に、カカシ先生は俺の手を取って歩き出した。方角もちゃんとあっている。
どうして家を知っているのかという疑問よりも先に、何も手を繋いで歩かなくてもいいんじゃないかと思った。
子供じゃあるまいし。まさか逃げると思っているんだろうか。
「あっ、あの……」
「はい?」
「手を離してください。逃げたりしませんから」
俺がそう言うと、唯一晒されている右目を驚いたように見開いた後、こっちをじっと見つめている。
「あのー?」
わけがわからなくて戸惑いながら声をかけると、ようやく納得がいったというように頷いた。
「あー、そういえばまだつきあってないんでしたっけ」
「は?つきあうって?」
「俺とあなたが」
言葉と共に人差し指がカカシ先生と俺を指差した。
「カカシ先生と俺が何か?」
「俺たち、そのうち恋人同士になるんですよ」
「えええっ!」
もしかしてこの人はすごい嘘つきなんじゃないだろうか。
恋人同士って、俺とカカシ先生が?信じられない。それくらいなら未来からきたと言われた方が簡単に信じられる。
「それこそ信じられません」
「大丈夫。たとえ信じなくてもそのうちちゃーんと恋人になりますから」
そんな風に自信ありげに笑われると、オウノ先生の例もあって絶対違うと言い切れない自分がいる。頭から信じろと言われるよりも効果的だと思う。
「あ、『イルカさん』って呼んでもいいですか?いつもイルカ先生って呼んでるから、その方が俺の中では区別がついていいんですけど」
それはいい考えだ。俺もカカシ先生と呼ぶと混乱しそうだから。
「あ、はい。じゃあ俺も『カカシさん』って呼びますね」
「なんかこっちの方が恋人同士っぽいですねぇ」
「な、なに言ってるんですか!」
やっぱりそんなことは信じられない。きっとからかわれているんだ。
でも、なんだか楽しかった。軽い冗談を言われて笑ったりする。睨まれたり疎んじられるよりずっとずっといい。
一緒に歩いていると、なんとなく気持ちが浮き立つ。
そうこうしているうちにいつの間にか自分の家へ着き、狭いところへ上がってもらった。
玄関で靴を脱いで部屋に上がると、カカシさんは額あてと口布を躊躇いもなく外し始めた。
「あっ」
見てしまっていいものなんだろうか。だって『写輪眼のカカシ』の素顔を見たことのある人間なんて数少ないだろうに。
カカシさんは焦る俺に気にした風もなく、外し終えるとこちらを向く。
「男前で惚れる?」
そう言ってからかうように笑った。
たしかに違う、カカシ先生とは。
笑うとできる目尻の皺なんか。
笑い皺だ。それを見れば今のカカシ先生よりも遥かに年月を過ごしてきたことがわかる。
全然違う。醸し出す空気が優しい。
本当はこんな風に笑う人なのかな、と思う。俺の前ではぜんぜん笑ってくれやしないけれど。
今気づいた。
ああ、俺はずっとこんな風にカカシ先生に笑いかけてほしかったんだ、きっと。嫌われるんじゃなくて。
自分の望んでいることを知って、悲しくなった。俺って馬鹿だなぁとも思った。
だって目の前のカカシさんが笑ってくれても、カカシ先生は笑ってくれやしないのだから。
そんな考えを思いきり頭を振って追い出すと、
「ホント男前ですね」
と笑って誉めた。
●next●
●back●
2004.10.30 |