「え」
カカシ先生は一音を発した後、固まっている。
ように見えた。
いい機会だと思ったけど、相手にとっては突然のことで戸惑うばかりだろう。
「あ、すみません、図々しかったですね。目的地が一緒だから、と思ったんですが……」
慌てて謝ると、
「い、行きます!」
と声が聞こえた。カカシ先生は俯いたままで、表情がよく見えない。
「え、いいんですか?迷惑じゃありませんか?」
「いえっ。だ…大丈夫です」
カカシ先生はぶんぶんと首を縦に振った。
よかった。今日は本当に運がいい。
「それじゃあ、行きましょうか」
それから、こうして二人で並んで廊下を歩いている訳なのだが。
さて、どう説明しようか。
いきなり10年後の未来からカカシ先生がやってきたんですよ、なんて言ったら頭を疑われそうだ。
いや、でも三代目の話しぶりからすればカカシ先生は過去へ行く術を知っているはずだから、案外あっさり理解してくれるかもしれない。
そうだ、案ずるよりも産むが易し。思いきってありのままに伝えよう。
「あの、実は……」
躊躇いながらも話しかけようとした瞬間、後ろから声をかけられた。
「よお、元気でやってるか!」
「あ、ガイ先生。こんにちは」
良く通る大きな声は上忍師のガイ先生だ。
いつも下忍たちのことを考えて行動する情熱あふれる人で、教師として尊敬している。
そういえば、今年はガイ先生の班は中忍選抜試験を受けさせるつもりなんだろうか。ちょっと早い気もするけど、ネジたちはガイ先生の元で厳しい修行もこなしてきたから、もしかしたら合格するかもしれない。ナルトたちもあと最低一年ぐらいは頑張ってこつこつ任務をこなして、彼らに追いつけるといいんだけどなぁ、などと考えていた。
しかし、ガイ先生はそんな話題で声をかけてきたわけではなかった。
「カカシよ。次の勝負は負けんからな!」
「あー、はいはい。今度ね」
ガイ先生とカカシ先生は仲がいい。よく勝負だ青春だ、とガイ先生が叫んでいる場面にぶち当たる。
なんだか微笑ましくて眺めていたら、いきなり矛先がこちらに向いた。
「それにしてもイルカ。お前も青春まっさかりだな!」
「なんのことでしょう?」
「なんでも男と同棲してるそうじゃないか!」
思わず咳き込んだ。咳き込みすぎて息ができないくらい。
「ち、違……」
「みなまで言うな。わかってるわかってる」
何がわかっているのか、うんうんと頷いているガイ先生。
カカシ先生が目に見えて顔色を変えている。
それはそうだろう。男と同棲しているなんて聞いたら、普通はひくに決まってる。しかもこのまま話が続けば、同棲相手は『はたけカカシ』だと言われてしまう。そのときのカカシ先生の衝撃を思うと、涙を禁じ得ない。
せっかく噂がカカシ先生の耳に入る前に話をしようとしていたまさにその瞬間にこんなことになろうとは!
「あ、あの……!」
せめてその先は自分で説明させて欲しい、と天に祈りながら口を開いたが。
「どこの誰と同棲しているかまでは知らんが、それほど恥ずかしがることはない。愛こそ青春!素晴らしいじゃないか!」
噂の同棲相手が誰か知らないんだ。カカシ先生の名前が出てくるかと思って焦ったじゃないか!
ガイ先生、どうしてそんな中途半端な情報を……。
呆然としていたら、「これこそが青春だぁ!」と俺の背中をバンバンと叩かれた。
熱い人だとはわかっていたはずだけど、上忍の先生のことはまだまだ理解不足だ。誤解を解こうとして伸ばされた俺の腕は、おろおろと空中を彷徨っている。
いや、そんなことよりもカカシ先生だ!
違います、と説明しようと振り返ったが、
「へぇ……イルカ先生は男と同棲してるんですか」
とカカシ先生から冷たい声が返ってきて、言葉を失ってしまった。
いつもと同じで取りつく島もない態度。さっきまでにこやかに笑っていたのが嘘みたいだ。
萎縮して何も言えなくなる。
「おっと、のんびり話している暇はないぞ。もうとっくに集合時間が過ぎているじゃないか!急がねばぁ!」
ガイ先生の大声で促され、結局カカシ先生とそのことについて話す暇もなく走り出すしかなかった。
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2005.01.22 |