しかし、この朝の忙しい時間に困ってばかりもいられない。
時計を見れば、出勤時間はもう間近に迫っていた。
「早く支度しないと遅刻する!」
慌てて寝間着を脱いで支給服に着替えようとすると、カカシさんに腕を掴まれた。
「イルカさん、駄目ですよ。着替えるならあっちでしましょうね」
「え、でも……」
急いでいるんだけど。
そう言いたかったけど、笑顔のカカシさんからは有無を言わせない気迫が漂っていて、何も言えなかった。カカシ先生はカカシ先生で、口元を手で押さえて震えているみたいだし。朝から気分でも悪いんだろうか。
何がなんだかわからないまま、とにかく別部屋で着替えた。
「すみません、朝ご飯も作らなくて!」
「いいんですよ。気をつけて」
「はい。あ、カカシ先生も急いでください。遅れますよ!」
「途中まで一緒に行きましょう」
そう言ったカカシ先生の準備はいつの間にか整っていて、さすが上忍と感心した。
「それじゃあ、いってきます!」
カカシさんには申し訳ないとは思いつつ、そのまま家を飛び出した。
アカデミーへ続く道を走っていると、カカシ先生が口を開いた。
「今日、ナルトたちには志願書を渡すつもりです」
あっと声を上げそうになった。
そうだった。中忍選抜の第一次試験はもう明日に迫っている。昨日からいろいろあって忘れていた。
とっさに何も言えなくて黙っていると、カカシ先生もそれ以上は何も言わなかった。
「……それじゃあ、俺はこっちなので」
途中の十字路で別れた。
あっちの方角はたしか慰霊碑しかないはずなのに。7班の集合場所はあそこだったのだろうか。
そんなことを考えながら走り続け、アカデミーの始業時間にはなんとか間に合った。
その日の夕方、家へ帰ろうと歩いていたらナルトに出会った。
「むっふっふっふーん。あのさ、あのさ。実は俺、中忍試験受けるんだってばよ!」
浮かれて志願書を見せびらかすナルト。
「これに優勝すれば火影への道もスグだってばよ。イルカ先生、期待してて!」
「あのなぁ。中忍試験は優勝とかそういうものじゃないんだぞ」
ナルトは試験のことをよくわかってない。優勝って……何を勘違いしてるんだか。
こんな子供に試験を受けさせても本当に大丈夫なんだろうか。成長したと思っていたけど、本人に会うと不安が募る。
どう見てもアカデミー時代からそれほど変わったようには見えなかった。忍びの精神や中忍の心得を理解しているとは言い難い。
「今日もカカシ先生、すっげぇ遅刻してきたけど、推薦してくれたから許してやるんだぁ。へっへっへ」
「え、遅刻?」
「そうなんだってばよ。俺が歯も磨かず集合場所に行ったってのにさぁ」
だって、あの時間だったらそれほど酷い遅刻になるわけがない。それじゃあやっぱり、まっすぐに集合場所へと向かったわけじゃなかったんだ。
ナルトは何も知らずにまだぶーぶーと不満を漏らしていた。
でもしばらくすると、中忍試験の準備があるからなどと言って鼻息荒く帰って行った。まさか特訓とか言って夜通し鍛錬するつもりじゃないだろうな。そんなことよりも早く寝て明日に備えた方がいいのに。本当に心配だ。
今回の試験は合格しないだろうなと溜息をついた。せめて怪我だけはしないように祈るばかりだ。
それと同時に気になるのはカカシ先生だった。
志願書を渡す大事な日だというのに、いったいどこで道草を食っていたんだろう。真剣味が足りないじゃないか。本当に子供たちのことを考えているのか疑ってしまう。
そんなことを考えながら帰宅した。
家にはカカシさんが待っていた。ちょっとムッとした表情をしていた俺を、どうしましたかと優しく宥めてくれる。
「あ〜、まあ、あれは儀式みたいなものだから……」
なんとなく言葉を濁しているところを見ると、人には言えない事情があるのかもしれない。よく知りもしないのに腹を立てたりして悪かったかなぁと反省する。
中忍選抜試験に推薦するということは、推薦した者の能力も問われるわけで、覚悟のいることなのだと思う。俺はどうしてもアカデミー教師としての立場上、子供のことを心配してしまうのだけれども。
試験に係わる人間すべての思惑や想いはさまざまだ。明日の試験のことを考えると、胸が締め付けられるようだった。
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2005.07.02 |