もうすぐ家に辿り着く、という時点になって気づいた。窓から灯りが漏れている様子がない。
「あれ、カカシさんは?」
どこかへ出かけているのだろうか。
いや、そんなことはあるはずがない。人目につくから出かけるはずはないのに。
まさか未来へ帰ってしまった?
ふと思いついた考えに愕然とした。今までそんなことを考えたこともなかったから、それが本当だったらどうしたらいいのかわからなかった。膝が震えてなかなか玄関まで辿り着けない。
ずっとここにいられるなんて、どうして思い込んでいたんだろう。最初から大事な用が終われば未来に帰ることは決まっていたはずだ。
でも、だって、お別れもしてないのに。
どうしてあの時、式なんかで済ませようなんて考えたんだ。せめて顔を見て理由を伝えるべきだった。
『イルカさん』
そう優しく呼ぶ声も、もう聞くことはできないのだろうか。
考えただけでも涙が出そうだった。
玄関の扉を開けて、しんと音もない暗闇を呆然と見つめた。
そのとき、部屋の中に何かの気配を感じた。
「カカシさん?」
隅にうずくまる影に恐る恐る声をかけてみる。
外からのわずかな灯りが差し込んで、声に反応して上げられた顔が少しだけ見えた。
「カカシさん!よかったっ」
ああ、よかった。帰ったわけじゃなかったんだ。
「あの……長い間留守にしていてすみませんでした」
一人でいるのはさぞかしつまらなかっただろう。よく考えもせずに伝令役に立候補したことを悔やんだ。ナルトのためだとカカシさんならきっとわかってくれるだろう、と勝手なことを考えていた。
カカシさんの表情がくしゃりと歪んだかと思った瞬間、強く抱きしめられていた。
「え?」
何が起こったかわからず間抜けた声しか出ない。
「少しだけ。ほんの少しだけ、こうしていてね」
カカシさんの、痛みを堪えるかのような震える声に驚いた。その声は震えているだけじゃなくて、少し湿っている気がした。
どうしたんだろう。具合が悪くなった?それとも何か別なことで?
こんな時に自分はどうしたらいいのかと、おろおろするばかりだ。
ぎゅっと抱きしめられて肩に銀髪の頭が押しつけられ、こんな時だというのに心臓がバクバクする。
そんな俺を抱きしめたまま、
「……イルカ先生」
と、カカシさんは呟いた。
イルカ先生、と。
切なく呼ばれたその名前は、自分に向けられているわけじゃないとわかっていた。


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2005.08.20


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