さあ家へ帰ろうと門へ向かおうとしたところで、同僚にばったりと出くわした。
「ああ、よかったイルカ」
安堵の溜息と共に笑顔で駆け寄られ、何か頼み事だろうかと思った。明日の授業を代わってくれとか採点を手伝ってくれとかそういう類の。
けれど、その予想は見事に外れた。
「ちゃんとはたけ上忍に会えてよかったよ」
「はあ?」
思ってもなかったことを口にされて、思わず間抜けな声が漏れた。
「てっきりまっすぐ家に帰ったと思っていたから、はたけ上忍にもそう答えちゃって。後でひばりが『イルカ先生ならあっちの方で見かけた』って言うもんだから、慌てたよ。まったく反対方向だろ? 嘘を教えたと思われたら困るから、お前の方から説明してもらおうと思って探してたんだ」
でも無事に会えたのなら安心だと、同僚は汗を拭きながら笑った。
「ああ、そうだったんだ。わざわざ悪かったなぁ」
生真面目な同僚のことだ、さぞかし慌てただろう。予選会場へ寄るなんて誰にも言ってなかったから。
でもこうしてカカシ先生が探しに来てくれてちゃんと会えたのだと言えば、ほっとしながら帰って行った。もちろんカカシ先生に律儀に謝るのは忘れずに。
その後ろ姿を見送っていると、横でカカシ先生が何かを考え込んでいた。
「どうしました?」
「いや。たぶんイルカ先生のことを尋ねたのはあいつですよ。俺はあの人には会ってないから」
「えっ、だって」
そんなはずはない。
「知り合いに姿を見られたら困るからって外出したことなんて……」
今まではなかった。たった一回書類を見るために出かけたことはあったが、それきりだった。人に気づかれないよう特に気を遣っていたはずだ。
「本来の目的のためだったら? それなら別でしょ」
「あ、そうか」
元々カカシさんは何か大事なことのために未来からやってきた。その目的を果たすためなら多少の危険には目をつぶるだろう。
そして、カカシ先生と鉢合わせするかもしれない危険を冒してまで俺を捜していたということは、何か用があったんだ。
「早く帰りましょう。もうとっくに家に着いて待ってるはずです」
「……そうですね」
何だか胸騒ぎがする。
カカシ先生も同様なのか、歩調が早かった。
家へ辿り着いたはいいけれど、中はなんの気配もない。
昨夜のこともあるので部屋中を探したが、カカシさんはいなかった。不安が募る。
「カカシさんはどこへ行ったんでしょう……」
思わず口をついて出たが、カカシ先生だって聞かれても困るだろう。今まで一緒にいた人に尋ねたって答えが返ってくるわけがないのに。
昨日の様子がおかしかったから、なおさら心配だ。なにかあったんじゃなければいいんだけど。
そう考えていたときに、カカシ先生が呟いた。
「もしかしたら扉を見に行ってるのかもしれない」
「扉?」
「えーと、なんていうか元の時空に戻るための穴を扉と呼んでいて……」
カカシ先生は眉間に皺を寄せながら言う。きっと人に説明するのが苦手なんだろう。けれど、その内容はわかりやすかった。
「あれはなんと言っても時空を歪めているわけですから、不安定なんです。いつも繋がっているわけじゃない。日々一刻と変化するから、常に確認しないといけないんです。だから今はそこにいるのかもしれない」
「……たしか最初に繋がったときに戻らないと帰れない可能性が高いんでしたよね」
「そうです。七班が波の国へ行く頃にやってきたのだとすれば、もうその周期かもしれません」
もうお別れの時期なんだ。
そう思うとどうしようもなく寂しい。
もしかしたらカカシさんはお別れの挨拶をするために俺を捜していたのかもしれない。優しい人だから。
それなのに俺はまた間に合わなかった。馬鹿だ、俺は。
「行きましょうか」
唇を噛みしめたまま俯いて床を眺めていると、カカシ先生に腕を掴まれた。
「どこへ?」
「あいつのところへ。扉は不安定だから、場所が限られてくるんです。ここから毎日通えるくらい近くて人目につかない場所を探せばたぶん見つかるはず」
「でも……」
かなり時間が経ってしまった。もう駄目かもしれない。
「まだ居るかもしれないでしょ? まだ帰ったかどうかなんてわからないなら動いた方がいいと俺は思うけど……」
カカシ先生にそう言われてはっとした。
最初から諦めていたら、間に合うかもしれないものも間に合わない。自分から動かなければ何も変わらない。
どうする?と首を傾げたまま見つめられ、
「行きます」
と返事をした。
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2005.09.17 |