暖かい腕の中で、どうしようもなく困った。
カカシさんがあんまりあっさりと頷いてくれたものだから、逆にどれほど図々しいことを言ったのかを改めて認識する。
自分が泣くから帰れだなんて馬鹿じゃないかと思う。なんて勝手なわがまま。
カカシさんだって困り果てて眉間に皺が寄っていたじゃないか。
「すみません。今の、忘れてください」
「どうして?」
聞き返されたけど、恥ずかしくて顔も上げられない。
「だって、すごいわがままを言ってしまって……」
「いいんですよ。あなたにわがまま言われるのは何よりも嬉しい」
その言葉に思わず顔を上げる。
目の前には、もういつもの穏やかな笑みを浮かべるカカシさんの顔があった。
未来の自分はそんなにも甘やかされているんだろうか。わがままいっぱいで困らせてばかりだったらどうしよう。
そんな心配が顔に出ていたのか、
「イルカ先生は滅多にわがまま言わないから嬉しいんですよ」
と笑われた。
「俺の方こそ弱音を吐いてしまいましたね」
そんなのは当たり前だ。人間誰しも気弱になるときはある。そういう弱い部分を見せて自分に頼ってくれたら、嬉しいだろう。それはきっとわがままが嬉しいのと同じなんじゃないかと思う。
そう考えていたら、突然とカカシさんが顔を近づけてひそひそと話し出す。
「イルカさん、実はね。俺、嘘をついてました」
「え」
驚きと共に固まる。
嘘。嘘って?
やっぱり恋人だというのは嘘だった?
嘘と聞いて、思い浮かぶのはそれぐらいだった。
でもそんなことを言われても今さらだ。俺はもう信じてしまっているというのに。
「今まで思いきり格好つけてたけど、ぜんぜん格好良くなんてないんですよ。大人でもないし、やきもちやきだし。イルカ先生がいないと生きていけないしね」
正直拍子抜けした。
そんなのは嘘なんかじゃないと思う。俺自身が出会って感じたことは、俺にとっての真実なのだから。
「この先つきあったとして、いつかあなたはガッカリするかもしれない」
「そんなことありません。絶対に!」
あ、カカシ先生と同じ台詞だ。
言ってしまってから気づいた。そう考えると思わず笑みが漏れる。
ああ、そうか。だからあんなに自信たっぷりだったんだ。
今ならわかる。俺だってそう思うから。
同じだ。同じ想いなんだ。
胸の奥がふんわりと暖かくなった。
「そうだったら嬉しいなぁ」
そう言ってカカシさんは目を細めた。
「ガッカリしないイルカさんをずっと見ていたい気もするけれど……でもイルカ先生が泣いてないか気になって仕方がないから。だから帰ります、俺の居るべき場所へ」
「はい」
それが一番いいことだとわかっているから、大きく頷いた。
「あ、そうだ。ちょっとここで待っててくださいね」
カカシさんは俺の肩をぽんと叩くと、カカシ先生と共に側を離れていった。しばらく二人で額を突き合わせてしゃべっている。何を話しているかはまったく聞こえなかった。
待っているように言われたということは、俺が聞いていい話じゃないのだろう。
二人の話が終わるのを手持ち無沙汰で待っていると、扉の穴がさっきよりも小さくなってきている。きっと閉じかけているんだ。
「カカシさん!」
大声で名前を呼ぶと、瞬時に状況を察してくれて駆け寄ってくる。
「急いでっ」
一瞬名残惜しそうに頬を撫でられ、カカシさんの指が離れていった。
「カカシさん、元気で」
胸が詰まってそんな気の利かない言葉しか出てこない。
カカシさんは穴に手をかけたまま、ゆっくりと振り向く。
「イルカ先生、またね」
また会おうね、と。
軽く手を振っている。その姿をじっと見つめていると、そのままふっと白く霞んで見えなくなった。
●next●
●back● |