「おはようございます!」
王子の部屋に、イルカが朝のあいさつにやってきました。
けれど、王子はまだ寝ていました。朝早く起きるのは苦手なのです。
「う〜〜?まだ起きる時間じゃないけど」
「すみません!つい癖で」
弟と暮らしているイルカは、毎朝ナルトを起こしていたからです。
「すみません。俺って駄目ですね、気が利かなくて……」
木こりの自分と違って、王子が早起きなんてするはずがないのです。
「いいよ。もう起きちゃったし」
あまりにもしょんぼり落ち込んでいるイルカを見ていると、胸が苦しくなる気がして、王子はそう言いました。
そうすると、イルカはぱぁっと顔を輝かせるのです。
「じゃあ、朝食を一緒に食べませんか? 今日のスープはいい出来ですよ」
「イルカが作ったの?」
「はい」
「じゃあ食べようかな」
それから毎朝起こしてもらって、一緒に食事をするのが日課になりました。

「今朝のパンは俺が作ったんです。美味しいですか?」
「今日は塔の南にあるバラ園に行きませんか?」
「珍しいお茶が手に入ったそうですよ」
イルカは毎日やって来て、誘います。
けれど、特別なことをするわけではありません。
王子は不思議に思って聞きました。
「俺のこと、笑わせなくていいの?」
「はい」
「はいって…」
「俺は昔っから不器用でありきたりのことしかできない面白味のない人間なんです。だから笑わせるなんてきっと無理です。それに……」
「何?」
「笑いたくないのに、無理に笑わなくたっていいんです」
「…………」
「あなたが笑いたくないなら、それでいいんです」
イルカはそう言って、にこりと笑います。
王子は驚きました。
誰も彼も『笑え』というのにはうんざりしていたからです。それしか言葉を知らないのかというくらい言われました。
まさかそれと正反対のことを言われるとは思ってもみませんでした。
もともと王子の笑わなくなった理由は。
みんな『王子、王子』というだけで、名前で呼ばなかったからです。
結局まわりは王子という地位が大事なのであって、カカシという人間を必要としているわけではありません。
そのことに気づいてから、王子は笑えなくなってしまったのでした。
それなのに、まわりはただのわがまま病だのなんだのと言うだけで、それに気づいてくれる人などいないのです。
王子は「それならもう死んでも笑わない」と決心して、ずっと今まで過ごしてきました。
今ではもう笑えないから笑わないのか、笑いたくないから笑わないのかさえ自分でもわからなくなってしまいました。
けれど、イルカは「笑いたくないなら、笑わなくてもいい」と言ってくれます。
ちゃんと名前で呼んでくれます。
そんな人に今まで会ったことはありませんでした。
イルカがずっと側にいてくれれば。
そうすればいつか自分も笑える気がするのです。
一方イルカは、残念に思っていました。
それは、弟のナルトに会えないことでもなく、このまま王子を笑わせられなくて死刑になってしまうことでもなく。
王子の笑った顔を見られない、ということでした。
生きていたって、不器用で駄目な自分はそれほど必要とされることはないのです。
今までは幼い弟のことが気がかりでしたが、最近では大きくなってきたので自分一人でなんとかなるはずです。近所のおじいさんにも頼んできたし、同い年の仲のいい友達もいるので、それほど心配はしていません。自分はきっと居ても居なくても大丈夫でしょう。
だから死刑になってもならなくても、どちらでもいいのです。
ただ、王子が笑ってくれたら…と思うようになりました。
褒美が目当てではありません。
『笑いたくないなら、笑わなくてもいい』と言ったのは嘘ではありませんでしたが、本当は笑った顔が見たいと思います。
たとえ王子が笑ってくれたとしても、どちらにしても平民の自分がこれから一緒にいられることはないのです。
幸せに笑う顔が見たい。 一度でも笑ってくれたら、その笑顔を忘れたりしない。
だから、せめて一度だけでもいいのに。
それだけが今のイルカの願いでした。


王子は、もうイルカの声でなければ目が覚めないくらい、その日常に慣れてしまいました。
毎朝毎朝起こされて、城の周りを散策したりお茶を飲んだりして、楽しい毎日を過ごしていました。
けれど、それでも王子が笑うことはなかったのです。
なぜなら、もうずっと長い間笑ったことがなかったので、イルカのようにうまく笑えるか自信がなかったからです。
変な顔を見せて、イルカに嫌われたくない。そう考えると、顔が強張ってしまうのでした。


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