昼間、アスマ先生と中庭で寝そべっている姿を見つけ、思わず笑ってしまった。
おそらくカカシ先生と一番長い付き合いだと思われるアスマ先生。仲良くくつろいでいるんだなと思い、声をかけようとした瞬間。
「あーあ、りっぱな犬になりたいなぁ」
そうカカシ先生が言った。すごくショックだった。
人間でありたくない。そう言われているのだと思ったから。
犬に囲まれていれば、もう人間なんて必要ないってこと?
俺は必要ない?
あまりの衝撃に立ち尽くし、呆然とした。
そんな俺に気づいたアスマ先生が、のったりと立ち上がった。
「あ、イルカ先生!」
隣の動きにつられ、カカシ先生も嬉しそうに起きあがる。
「こんにちは。アスマ先生、カカシ先生」
とりあえず動揺を隠し挨拶をしている間に、アスマ先生はどんどん近づいてきた。
「イルカ、ちょっといいか?」
何か話があるのだと察し、はいと頷く。
「カカシ。ちょっとイルカを借りるぞ」
カカシ先生が何かを言おうと口を開きかけていたが、それを聞く前に俺は拉致されてしまった。
少し離れた木陰で話をする。
「カカシのことで、話しておいた方がいいと思ってな」
「なんでしょうか」
何を言われるのかと警戒しながらも、尋ねずにはいられなかった。
「あいつなぁ。本気で犬になりたがってるんだよ、きっと」
「え?」
「カカシを産んだ母親は産後の肥立ちが悪くてそのまま亡くなって、父親が育てていたらしい。らしいというのは、産まれたとき里に届けてなくて気づかなかったんだな。しかし、その父親もある事件で死んじまってな、ずっと忍犬が育てていたらしいんだわ。里の連中が気づいたのは五歳ぐらいだったっけなぁ」
初めて聞いた、そんな過去があったなんて。
「あいつは物心ついてからずっと犬に一緒にいて、犬が親だと意識に刷り込まれて育った。だからいきなりやってきて家族と引き離そうとした連中に『お前は人間だ』と言われて面食らったままなんだ。今でもな。本気で犬になりたいと思ってるんだと思うぜ?」
「そんな……」
それじゃあ、犬と似ていても当然じゃないか。それがあたりまえの環境で育ったのだから。じゃれ合っていた犬たちとは、本当に兄弟だったのかもしれない。
カカシ先生にとっては今の生活こそが正しい。犬と共に暮らし、犬と同じ行動を取ることこそが。
「まあ、育てていた忍犬は頭の良い奴だったから、それほどおかしな育て方はしてなかったんだが、所詮は犬だしな。生活習慣の細かい違いはいまだに刷り込まれていて、不都合ありまくりだ」
そこでアスマ先生はいったん口を閉じた。そして言いにくそうに頭の後ろを掻いた。
「あー……だから、カカシの言動が多少突拍子なくても大目に見てやって欲しいんだ」
「どうしてそんな大事な話を俺に……?」
本来なら聞かせてもらえるような話じゃない。なぜという思いが隠せない。
もちろん、アスマ先生が軽々しくこの話を吹聴して回っていると思ったわけでは決してないのだが。
「最近カカシの奴、『イルカ先生、イルカ先生』ってうるさくてな。よっぽどお前のことを好きなんだろう。だからな」
だから聞いておいて欲しかったのだと言う。
あいつをよろしく頼むと拝む真似までされて、焦った。
「うわっ、やめてください! そんな大層なことはしてませんから」
ただ単に俺が一緒にいて楽しいから。自分自身のためなのに。
「いやー、あいつの奇行に付き合ってやってる時点で充分大層なことだぜ」
そういうアスマ先生だとて友人として長い時を過ごしてきているだろうに。そんなことをおくびにも出さず豪快に笑っていた。
それから、隣の木陰へ視線を向け、
「じゃあ、俺は吠えられないうちに退散するわ」
などと言って、苦笑いしながら去っていった。
問題の木陰には幹にへばりついている人影が一つ。
先程からこっちを窺っていたようだ。いつからかはわからないけれど。
「カカシ先生」
「アスマに聞きました? 俺が犬に育てられたって」
「……はい」
「そっか」
それだけ聞くと、カカシ先生はなかなか近寄っては来なかった。
こちらから近づいてどうしたのかと尋ねると、自分から伝えるのは不安だったのだと告白されて戸惑う。いったい何が不安だと言うのだろう。
「だって、普通は気味悪がりますよ。ま、たいていは冗談だと思うみたいだけど」
「そんな!」
「だからイルカ先生に嫌われたりしないかなぁと思ってね」
へへ、と困ったように笑う。
「嫌うわけないじゃないですか。本当はカカシ先生の自慢の家族なんでしょう?」
物心ついたときからずっと一緒に暮らしてきた親兄弟。あんなにも犬が好きなのは、だからだったのだ。
「実はそうなんです」
カカシ先生は一瞬驚いたように目を見開き、そして笑った。夢で見たときのように幸せそうに。
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2005.09.18初出 2011.02.19再掲 |