わからないなりに何か行動を起こそうとしたが、その前にほかほかの湯気が立ち上るお粥が運ばれてきた。
独特の匂いがふんわりと漂ってくる。活動し始めた胃には我慢できないくらい良い匂いだ。
しかし、そんなことも忘れて目を奪われてしまった。
カカシ先生が顔を晒しているのだ。遮るものが何もない。
初めて拝んだ顔は、女性が噂で騒いでいるのも無理はないと思えるほど整った造作。ちょっと呆然と眺めているうちに、すぐ間近にその顔は迫っていた。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」
上半身を起こすのを手伝ってもらい、ベッドを横断する簡易テーブルの上にお盆が載せられる。
一人用の土鍋の中には美味しそうなお粥が。
「口に合わなかったら言ってください。すぐ作り直しますから」
「えっ、カカシ先生が作られたんですか!?」
「ええ、そうですけど」
カカシ先生は事もなげに言うけれど、こちらはそうはいかない。
上忍としての実力はトップクラス、端正な顔に料理も出来るなんて、完璧じゃないか。
生きる世界が違うってこういうことを言うんだとしみじみ思った。自分との差に悲しくなってくる。
けれど、俺が匙を持った瞬間からそわそわとした空気が感じられた。
これはあれに似ている。
子供が教師の顔色を覗っている感じ。
緊張感と期待感も加わって、俺がどう反応するのか気になって仕方がないというのが伝わってくる。作ったものが美味しいと言われるかどうか心配なのだろう。
なんだかホッとした。身近に感じて安心するというか。
完璧で近寄りがたい人だと思っていたけど、そうでもないということがどうしてこんなに嬉しいんだろう。
「美味しい!」
口に入れた瞬間思わず叫んでいた。
もしかしてお米から作ったりする本格お粥? 残り物の冷や飯で作るお粥とは雲泥の差だ。
「本当ですか!?」
カカシ先生の上擦った声に、笑顔が綻ぶ。
俺なんかが美味しいって言っただけでそんなに喜ぶなんて。子供みたいに純粋な人だなってちょっと感動した。こういうのに弱いんだ、俺は。
嬉しくなったら食欲倍増して、夢中でお粥を食べて食べて食べ尽くした。
そして、はっと気づいた。
うわ、恥ずかしい。なんてみっともない真似を!
いかにも貧乏で卑しい人間だと宣言してるようなものだ。
「ああ、よかった、全部食べてもらえて。イルカ先生はいつも美味しそうに食べるから、いつか俺の料理も食べてもらいたいと思っていたんですよ」
そんなに食べているところを見られただろうか。いまいち記憶がない。食堂とかで会ったのなんて数えるほどだと思っていたけれど。
とにかくよく食う奴と思われていたのか。
「ご、ごちそうさまでした」
すっからかんになった土鍋が恥ずかしさを募らせる。なんとか誤魔化したいと思い、何か話題がないかと必死に探した。
「そういえば、ここはどこなんでしょう」
そうそう。まず最初に聞かなければならなかったのに、食い気に負けて大事なことを忘れていた。
疑問に思うことがたくさんあって、謎ばかりだ。
「……ああ、ここは俺が怪我したときなんかに使う家で。ちょっと人里離れたところにあるんです」
「そうだったんですか」
道理で殺風景な部屋だと思った。
普段住んでいないところだから、必要最小限のものしか置いてないんだな。
「病院よりこっちの方が近かったから……」
「ああ、だから!」
きっと早く手当てしてやろうという親切心だったのだろう。
説明されてみれば謎でも何でもなかった。
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