その場でいったん別れ、改めて俺がイルカ先生の家へ訪ねていくこととなった。
ノックをすると、奥から「どうぞ」と返事がする。
愛があれば部屋の汚さなんて、と思いながらもおそるおそるイルカ先生の家の扉を開けると、そこは何の変哲もない部屋が広がっていた。いや、むしろすっきりと片づきすぎて、殺風景とも言えるくらいだった。
「いらっしゃい!」
「お邪魔します」
あまり物は置かない性分なのかもしれない。しかし、それだって別に嫌う要因になるとは思えない。首を傾げたが、肝心のイルカ先生は夕飯の準備に忙しく、俺は本人の口からちゃんと説明されるのを待つことにした。
とりあえずは出来上がった夕飯を食べてからにしよう。
献立は天ぷらにごま和え、きんぴらとサラダにごはんだった。
家庭的なメニューだったが、実は俺は天ぷらが苦手だ。無理をすれば食べられないわけではないが、できればあまり食べたくない。
なので、ついついきんぴらに箸がのびてしまう。それを誤魔化すためにも、誉めなくてはと焦っていた。
「このきんぴら、美味しいですね。ちょっぴり苦みがあるのも複雑な味で」
「そうですか、よかった!」
嬉しそうに笑うイルカ先生。
これ。これだよ!この笑顔だよ。
俺は箸を握りしめて、いつもの笑顔を堪能する。
「やっぱり普通のゴボウとは種類が違うんですかねぇ」
きんぴらを掻き回しながらそう言うと、イルカ先生は首を横に振った。
「それ、ゴボウじゃありませんよ。タンポポです」
「タン……?」
「タンポポの根っこです」
タンポポってあのタンポポだよね。
あの草花以外にタンポポと呼ばれる食材があったかどうか、しばらく考え込んでしまった。
しかし、イルカ先生は嬉々として説明してくれる。
「タンポポは花や葉そして根、全ての部分が食用になる上に、野原にタダで咲いているお得な食用植物なんですよ」
笑顔で。
「じゃあ、もしかしてナルトと一緒にタンポポを摘んでいたのは……」
「あはは、ご覧になってたんですか。タンポポは季節ものだから、たくさん摘むには一人より二人いた方がいいでしょう?」
食べられるタンポポをたくさん摘めたから、あんなに喜んでいたのか。あの満面の笑みで。
その笑顔に惚れた俺の立場はいったい。
いやいや!きっとイルカ先生はタンポポ大好き人間なのだ。人の嗜好をとやかく言うもんじゃない。
だいたいタンポポのためだろうが何のためだろうが笑顔に代わりはないのだから、俺の好きだという気持ちだって揺るぐはずもない。
それよりも問題は……
「カカシ先生、天ぷらも食べてみてください」
どうしよう。期待に満ちた眼差しに見つめられ、今さらこのメインのおかずは苦手です、とは言い出せない。
しかたがないので食べることにした。よくわからないが、中身は何か野菜の天ぷらのようだ。
思いきって咀嚼すると、ぶわっと青臭い匂いが口中に広がった。
「イ、イ、イルカ先生、これって……」
「はい。タンポポの天ぷらです」
これもタンポポなのか!
そのにこやかな笑顔が悪魔の微笑みのように思えた。
「どうですか?」
「お、お、おいしーデスネ」
反射的にそう答えていた。
「よかった!まだまだありますから、たくさん食べてくださいね」
わっ、俺の馬鹿!美味しいなんて言わなければよかった。
苦手だが食べられなくもない程度だった天ぷらは、もはや一番嫌いな食べ物に変わっていた。しかし、今さら訂正できるわけもない。
決死の覚悟で箸を持つ手をのばした。
これは天ぷらじゃない天ぷらじゃない。タンポポですらない。人間思い込めば何事も。
しかしその思い込みも、口の中いっぱいに油の染みた衣が踊り出すまでの短い時間の命だった。ほとんど噛まずに速攻で飲み込むしかなかった。
せっかく目の前にあるイルカ先生の笑顔も、天ぷらによる視野狭窄のせいであまり見えなくなり、気を失いそうだった。
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2005.05.07 |