【黄金伝説】後編


それでも俺は頑張った。決死の覚悟で天ぷらを完食したのだ。これを愛と言わず何という。
イルカ先生の笑顔も曇らず万々歳だ。
しかし実は危なかった。気絶寸前だった。目の前にあった茶碗が、かちゃかちゃと音を立てて流し台へと運ばれる音で正気に返った。
「あ、イルカ先生!片づけは俺がやりますよ」
料理を作ってもてなしてくれたのだから、片づけぐらいはしなければと意気込んで言うと。
「いえ、俺がやりますよ。洗うのにはコツがあるので」
コツってなんだろう。皿洗いってそんなに難しいものだったっけ?
不思議に思って見ていると、なるほどただ単純に洗えばいいというものではないようだ。
皿を重ねずに流しまで運び、油汚れを新聞紙で拭う。 それから、水で薄めたような洗剤を使い、すすぎはもどかしくなるくらいちょろちょろとしか流れない水で洗うのだ。
てきぱきとこなす姿は手慣れたもので、きっといつも通りなのだろう。
じっと見つめる視線に気づいたのか、イルカ先生が振り向いた。
「カカシ先生、お風呂に入ってきてください。もう沸いているはずですから」
「あ、はい。ありがとうございます!」
お風呂!なんだかまるで新婚生活のようではないか!
案内された狭いスペースでうきうきと服を脱ぎ捨て、タオルを片手に風呂場に直行する。
浴槽の蓋を開けてから数瞬、固まった。
何かが浮いていた。なんだこれ。
普通風呂場で見るはずもないもの。いや、俺の常識ではそうだったのだけれど。
「カカシ先生ー、お湯加減はどうですか?」
心配になったのか、スリ硝子の向こう側からイルカ先生が声をかけてくる。
「あの……イルカ先生。な、何か浮いてますが、これって〜?」
「ああ!ペットボトルですよ、それ」
ペットボトルは見てわかる。聞いているのはそういうことではなくて、いったい何故ここに存在しているのか?ということなのだが。質問の意味は伝わらなかったらしい。
湯船の中にぷかぷかと浮いている量も半端ではなかった。それを避けて入ることは不可能だ。むしろ全面に浮いていた。しかし、何のために?
もしかして何かの健康法なのかとも疑ってみたが、どうひいき目に見てもそうとは思えなかった。
「ペットボトルを入れておくと、湯船のお湯が少なくて済むんですよ」
「そ、そうなんですか〜」
一定量の水の中に物を入れればその容積分水位が上がる。それはもう、物理学などというものを持ち出さなくても子供でもわかることだ。だからといってこの状態の浴槽の意味はよくわからない。
真っ裸で問い質すのも間抜けだと思ったので、その場はうやむやのまま終わった。
俺があがるのと入れ替わりに、イルカ先生が風呂へ入る番だった。その間、俺は居間で座り込む。
冷静に考えよう。
今までの出来事すべてを、可能な限り分析してみた。
実は俺のことが嫌いで、顔では笑っていたが、早く追い払うための嫌がらせなのではないか。
そうも思ったが、それならば最初から嫌いだと言えば良かったのだから、これは当てはまらない。
……もしかしてイルカ先生って貧乏なのだろうか!?
そんな考えを元に部屋を見回してみると、たしかにすっきりして余分な物がないと言えば聞こえはいいが、ほとんど何もない状態だった。
でもちょっと待ってくれ。
仮にも中忍がそれほど貧乏なんてことがあるだろうか。
ランクが上の任務ならば危険手当だって出る。そうそう食うに困ることはないはずだ。
しかし、お金がないと考えなければ、今までのことに説明がつかないのも確かだった。
ちょうど風呂からあがってきたイルカ先生が話があると言われ、膝を突き合わせて座ることになった。


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