アスマの駆け込んだ先はもちろん上忍控え室。
「お、おま、お前っ。お前の好きな奴って、うみのイルカのことかーーっ!」
「そだよー」
いつもの愛読書をめくっているカカシからは、のんびりとした返事が返ってきた。
他にいるのは、爪の手入れに集中している紅。
狭い部屋ながらも体の鍛練をしているガイ。
さいわい、控え室にはこのメンバーしかいなかった。
アスマの怒鳴り声に、何事があったのかと近寄ってくる。
「なに、どうしたの」
「どうしたもこうしたもない。このまえの詩をあのイルカに送ってたんだよ、この馬鹿は!」
手紙は握りしめられてぐしゃぐしゃになり、無惨な姿をさらしていた。
「えっ。まさか、あのイルカ先生に?」
「なんとチャレンジャーな。さすがだな、カカシ!」
アカデミーに在籍する中忍うみのイルカ。
その人物は、木の葉の里中のアイドルだった。
老若男女すべてに愛されているのは周知の事実。誰もがイルカのことを大好きで、イルカが悲しんだり苦しんだりすることがないように厳重に見守る親衛隊さえ存在する。
個人的に接触しようとする者には、親衛隊がありとあらゆる妨害と制裁を下すというのが、もっぱらの噂だった。
それなのに、カカシはまるでストーカーまがいの手紙を送りつけたという。
このままではイルカ親衛隊が出動してしまう!
いかにふざけていたとはいえ、それを勧めてしまった自分たちまで追求されるのは間違いない。
どうする。
三人は、ひそひそと声を顰めて相談しはじめた。
「イルカ先生みたいな人には、きっと手紙とかの方が効果的だと思うんだよ」
カカシは、そんなことがまるでわかっていないようで、にこにこと笑っている。
「だからって、こんなふざけた詩を本気で毎日送る奴があるかっ」
「そんな!俺はいつだって真剣だ」
「こんなもの送って好きになってもらおうなんて、甘いわカカシ」
「えっ。駄目なのか?アンコが保証するって言ってたぞ」
「あれはアンコの嘘だって」
カカシにとっては衝撃の事実をさらりと言われ、しばらく固まってしまった。
「……お前らを信じた俺が馬鹿だった」
「まあ、お前がどうしようもないくらい馬鹿なのは元からだがな」
「イルカ先生はなんて言ってたの」
「『気味が悪い』ってよ」
「致命的ね」
呆然とするカカシを放っておいて話していたが、なんだか周りの空気がおかしい。 でろでろと音がして暗雲が立ちこめそうな雰囲気だ。
もちろんそれがどこから発生しているかといえば、はたけカカシからに他ならない。
「イルカ先生に嫌われてしまったなんて……こうなったら、お前らを殺して俺も死ぬ!」
「ま、待てよ」
「落ち着け」
止めようとしても、もはや聞く耳持たず。
いつのまにか額あてを外して写輪眼をさらしている。じりじりと近づいてくる殺気に、上忍といえども汗が滴る。
「だいたい里のアイドルに恋なんて、成就するわけないでしょう?」
「そうだ。最初から結果はわかりきってるだろうに」
なんとか止めようとひねり出した言葉に、ぴたりと足を止めるカカシ。
効果があったのを確認し、勢いづいて説得しようとした。
「無理無理無理!諦めろ」
「他にも素敵な人は星の数ほどいるんだから、ね?」
「なにもイルカだけに拘ることはないだろう、カカシ」
周りが一斉に言いだすと、カカシは急にぶるぶると震えだしたかと思うと、目には大粒の涙が溜まっていた。
「やだ!どうしてもイルカ先生がいいんだもん!イルカ先生じゃなきゃ嫌なんだよ!うわーん」
恥も外聞もなくわんわんと泣き出すカカシを前に、三人は顔を見合わせた。
お前は子供か、と言いたいところだが、ここまで一人に拘るとはいっそ見事と言えよう。
「しょーがねぇな。ここはひとつ、少しだけ協力するか」
「泣く子には勝てないっていうしね」
溜息をつきながら、そう決心した。
馬鹿と子供には勝てない。
古今東西永遠の真理の前に、ひれ伏すしかないことを実感した三人だった。
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