「というわけで、すみませんがあなたとお付き合いすることはできません」
イルカ先生が申し訳なさそうに相手の女に説明していた。
その方が断りやすいだろうから、という理由で俺はのこのこついてきているのだ。黙って後ろに立っているだけだったけれど。
たしかに効果はあったと思う。
最初は信じてないようだったが、イルカ先生がこの状況に困って時々俺の方にちらちらと視線を送るのを見て、だんだん顔色が変わっていく。助けを求めるような仕草が恋人っぽく見えたのかもしれない。
ようやく納得した頃には、女は唇を噛み締めて俯いていた。
少し顔を上げたかと思うと、恨みがましい視線を俺に向けて
「わかりました。それじゃあ」
と言って去っていった。
イルカ先生はほっとしたような、自分まで傷ついたような複雑な表情だった。
あの女の泣き出しそうなのを堪えた姿。
それを思い出す度に、なぜかちくりとした痛みが棘のように残った。
その日の午後。
イルカ先生と一緒にそこら中に言って回った。
もちろん、俺達が付き合うということを。
「俺達、付き合うことになったんだ。昨日から恋人同士なんですよねーv」
後のセリフはもちろんイルカ先生に向かって。
「カカシ先生。こんな風にわざわざ言って回るんですか?」
顔を真っ赤に染めて、遠慮がちに袖を引っぱって小声で聞いてくる。
「だって周りが知らないと恋人の意味がないじゃないですか」
「そうですけど…」
「ま、今日はこれぐらいにしときますか。後はおいおい」
そう言うと、ほっと安堵の息を吐いた。
「それじゃあ、これから夕飯をうちでどうですか?」
「えっ。イルカ先生の手料理ですか?」
「たいしたものはできませんけど」
「喜んでおよばれします」
楽しい。
する事なす事すべてが。
ウキウキと気分が浮き立つ。
「手を繋いで帰りますかー?」
からかうように訪ねると
「恥ずかしいから嫌ですよ」
と断られて、少し残念に思った。
けれどそれは気にしないで一緒にイルカ先生の家まで行き、イルカ先生に作ってもらった夕飯を食べた。
ふわふわと湯気が立ち上る食卓。
店で見るのとはどこか違う雰囲気なのはなぜだろうか。
「あ、サンマの塩焼きだ。俺の大好物なんです。茄子の味噌汁まである!」
もしかして前に言ったことがあったかもしれない。
でもよく覚えてたなぁと思った。
ただそれだけでも嬉しい。
イルカ先生は自分の食事には手をつけないで、俺が食べるのを心配そうに見守っている。
「美味しいです」
「よかった!」
嬉しそうな笑顔が更に食事の美味しさを増した。
「これなんですか」
「それは豚肉とチンゲン菜の炒め物です。鷹の爪を入れるからちょっと辛いんですけど」
「へぇ、初めて食べます。あ、これも美味しい!」
一人で食べるただ栄養を詰め込む味気ない食事と違って、なんて楽しいのだろう。
俺だけではなく、イルカ先生もそう思っているはずだ。
その証拠に、それから夕飯を一緒に食べるのがほとんど日課になった。
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